Masuk私はリィナ・サンクティア。シルヴェスタ王国にあるサンクティア侯爵家の三女です。
生まれながらにして魔力循環不全という難病に冒されていますが、今のところ突発的な発作くらいしか問題はありません。とはいえ、その頻度は高くなっていまして、家族に心配をかけています。
本日は所領にある大聖堂へと赴いていました。というのも、十五歳を迎えた私は祝福の儀を受けることになっているからです。
「はぁ、あと何年生きられるのかしら?」
「お嬢様、きっと幸運の女神様が何かしら役に立つスキルを与えてくださいます! 幸運の女神様の加護を持つお嬢様が失われるなど考えられません!」
側付きメイドのマリーが勇気づけてくれるけれど、生憎と私には響かない。
何が幸運の女神よ。主治医の話では、あと数年しか私の身体はもたないらしい。
生命の源である魔力が上手く循環しない私の身体は少しずつ機能しなくなっており、やがて内蔵の全てが機能を失って死ぬみたい。不幸の女神ならばともかく、幸運だなんて皮肉としか思えないわ。「リィナ・サンクティア前へ」
私の順番が来てしまった。
本日を境に私は大人になる。成人する姿を両親に見てもらえるのは、まだ幸運なのかもね。二本の足で歩いて、自分の意志でもって祝福を受けられるのだから。七柱の女神像に跪いて、私は祈りを捧げる。できることなら私はまだ生きていたいのだと。どうにかする手段があるのなら、助けて欲しいと。
「えっ?」
次の瞬間、私は光輝く空間にいた。大聖堂の女神像前へ跪いていたはずなのに。
呆然としていると、私は声をかけられています。
「成人おめでとう、リィナ」
誰もいなかったはずの空間に、美しい女性が浮かび上がっています。まるで理解できない私は、その声に思わず問いを返していました。
「誰……?」
凡そ人だとは思えない。宙に浮いているだけでなく、全身から光を放つ女性が人であるはずがありません。
「ワタクシは幸運の女神セラ。あらゆる幸運に恵まれた貴方を見守る者ですわ」
彼女は幸運の女神セラ様だと語ります。神々しい姿を見れば納得なんですけど、あらる幸運に恵まれたって、どの口で言っているのかしら?
「私が幸運? 馬鹿にしていませんか? あと数年しか生きられない私は不幸です。貴方は不幸の女神に改名した方がいい」
「あらあら、嫌われたものですね? まあ、仕方ないのかもしれません。健康上は幸運だと思えませんからね」
「分かっているなら何とかしてくださいな。それか不幸の女神に改名してください」
女神様であるというのに、私は突っかかっている。
ずっと幸運の女神が憎らしいと考えていたから。加護を与えているとは思えなかったんだもの。「女神は直接的に地上へ介入できない決まりとなっております。よって私にはどうにもできません。けれど、貴方は事実としてエクシリア世界において最も幸運です。体感できることなどなくとも、今までも幸運であったからこそ、生きていられたのですよ」
「屁理屈は聞きたくありません。私は生きていたいだけ。証明もできない幸運なんかいらない」
「随分とひねてしまったのね? でも、悲観することはないわ。貴方が生まれる前、貴方の魂は二柱の女神が取り合ったほどなのだから……」
ひねたと言われても仕方ないでしょ? 幼い頃から、いつまで生きられるのか分からなかったんだし。
「そんな与太話は聞きたくない。私は生きていられるの? それとも死ぬの? ここではっきりと聞いておきたいです」
毅然と返すしかありません。仮に死ぬのなら、残された時間を自由に生きるだけ。もしも生きていられるのなら、どこまでも足掻いてみせるだけよ。
「生きられますよ――」
半ば諦めていたというのに、幸運の女神セラ様は言った。
刹那に涙が頬を滑り落ちる。
ずっと望んでいたままの返答。それはあらゆる感情を刺激していたの。生きられるという健常者には当たり前の話に、私は救われていたのだから。まるで暗がりに刺す一筋の光のよう。平凡な人生すら享受できなかった私にとって、心を打ち振るわすに充分な話です。
このとき私の瞳は生まれて初めて希望という光を宿していたことでしょう。
私はフィオナ殿下と女子寮にある自室へと来ていました。 発作の症状は随分と緩和しています。薬は血流を介して魔力を循環させるものでしたが、成分の大部分が高純度の魔石でして、飲みすぎてはいけません。 薬は体内に魔力を循環させられるのですが、服用しすぎると魔力を生み出す魔腑という器官がダメージを受けてしまうからです。「申し訳ございません、フィオナ殿下……」 まずは謝罪を。従者を押しのけてまでルームメイトになってくれたのです。隣国の侯爵令嬢ごときに彼女は手を差し伸べてくれたのですから。「構いません。それより貴方がルカ様の仰っていた想い人なのですね? わたくしは正直に嫉妬を覚えておりますが、それは貴方の命を輝かせることに何の支障も生みませんわ」 やはりフィオナ殿下もルカ様を慕っておられる。 まあ当然よね。一般の市民までルカ様を悪く言う人はいない。まして彼女は元婚約者。彼の人となりを既に知っていることでしょう。「ご病気のことですれけど、わたくしの精霊術にて緩和できるかもしれません」「本当ですか!?」 意外な話です。私は彼女の恋敵だというのに、フィオナ殿下は期待を持たせるようなことを口にしていました。「レベル20で覚えた【水精霊の雫】。このスキルは精霊の癒やしを体内に浸透させられます。対象者の体内魔力を活性化させ、魔法威力を増大させるというものですわ」 聞く限り、私の病状に合うような気がする。 体内の魔力を活性化させることができれば、弱り切っている臓器にも影響を与えるのではないかと。「デメリットはありませんので試してみましょう。水精霊召喚!」 フィオナ殿下は早速とスキルを行使してくれます。 眼前に召喚された水精霊が私の身体に幾つもの雫を降り注いでいく。「あっ……?」 身体が熱くなっていました。 きっとそれはスキルの効果。心なしズドンと重く感じる倦怠感が薄れたような気がします。「効果があったように感じます!」「それは良かったですわ。治療ではございませんけれど、魔
俺とリィナは双国立騎士学校がある北東の街レザルへと来ていた。 直ぐ北側はバリウス帝国であり、そこは今も魔国との交戦中である。「騎士学校に入ってもバリウス帝国が存在しているなんて」 ゲームの開始時点は帝国が滅んだあとだ。 それどころか王国内の前線基地も襲われ、アークライトが亡き者となっていた。しかし、現状において、帝国もアークライトも無事であり、人類側が優勢のようにも感じられている。「だけど、脅威は去っていないってか……」 聞けば魔王ベルゼス・バルゼは異様な強さであるらしく、魔将軍マステルが消失したところで、痛手でもないようだ。 今現在は騎士学校での手続きをリィナがしてくれているところ。俺は手持ち無沙汰に彼女を見つめているだけだ。 時間がかかっているのは山のような書類を提出しなければならないからである。俺は王子だというのに、役所仕事は割愛したりしてくれないらしい。「とにかく戦力不足だ。モブたちから戦力を見つけ出さないと」 双国立騎士学校は基本的にシルヴェスタ王国とイステリア皇国の上位貴族が中心であるけれど、周辺の小国からも入学者がいる。 ただゲームでは主要キャラ以外に名前を持つ者がいなかったので、俺には誰が強者であるのか分からない。選抜は授業を見てからということになる。「殿下、手続きが終わりましたよ?」「ああ、すまないな。やっぱ寮は別々か?」 夜の営み。それは俺が生を感じられる瞬間に他ならない。しかし、並行世界と同じであれば、決して叶わぬこと。男女の寮は別々になっているはずだ。「それは流石に。だけど、殿下がお望みなら……」「同室にしてくれたら良かったのにな?」「仕方ないですよ。私たちは別に婚約者でもありませんし……」 ゲームと同じであれば、王子といえど恐らく相部屋であって優遇などされないのだろう。「明日の入学式で殿下は代表して挨拶しなければなりません。文面は用意しておきます」「ああいや、俺は自分の言葉を伝えたい。義務的に入学したわけではないのだと表明した
私は久しぶりにセラ様との邂逅を果たしていました。 いつ以来だろう。セラ様が仰った通りにルカが迎えに来て、聞いていたように私は彼と結ばれています。 幸せの絶頂にいた私は感謝の言葉を述べなければなりませんね。「お久しぶり、リィナ……」 美しいご尊顔は記憶のまま。といっても数ヶ月ぶりくらいだから、そこまで古い話じゃないよね。「お久しぶりです。セラ様が仰ったままの未来に私はいます。婚約破棄されたはずなのに、本当に私とルカ様は結ばれましたよ!」「それは良かったです。ワタクシは貴方の幸せを第一に考えております。使徒の喜びは主神として嬉しいものですね」「それで私は騎士学校に入ります。世界を救って英雄になる。彼の心と世界の記憶に私が生きた証しを残したい」 短い人生だけど、私はもう嘆息したりしない。 強い輝きを放ち、私はその軌跡を残すんだ。 愛する人に見守られながら逝くなんて最高のハッピーエンドだもの。「リィナ、予想以上に魔国が力を付けています。魔将軍はあと五体ですけれど、もう直ぐ王国と隣接することでしょう」 ここで予定と異なる話が続けられる。 どうやらイレギュラーは魔神側の問題であり、女神様たちの管轄外。向こう側の動きが活発化しているからのよう。「一刻も早くレベルを上げなさい。世界が滅びるよりも早く強くなるのです」「そんなに切羽詰まっているのでしょうか?」 私の質問返しに、セラ様は黙り込む。 充分と思える時間を費やしてから、セラ様は見解を語り始めました。「シエラがまたも裏切ったみたいです……」 はい? シエラって悲運の女神様よね? ルカ様に加護を与えた一柱。原初の三女神様は世界を救うために、全員が一人の人間を使徒に選んだ。 ルカ様は私の運命を背負うと言ったそうですけれど、三柱女神様はそれを阻止した。世界にはルカ様が必要だと説き伏せたのだと聞いています。「シエラ様が何を裏切るのです?」 まるで分かりません。原
「リィナはもう一年と生きられないから……」 俺は愕然としていた。 いや、あと二年あったはず。リィナ自身も二年あるとセラ様に聞いていたんだ。「何があった? それは俺が引き起こした改変と関係のある話か?」「ほぼ関連しないわ。あの娘が早く動いただけだもの」 まるで分からない。セラ様が早く動けと話したから、リィナは俺との邂逅を果たしたはず。「セラ様にも分からなかったのか?」「最初はそうかもね。運命は二年後で固定されたと思われていたから。しかし、明確に動き出したの。ルカを基軸として、運命は足早に動いていますわ」 やっぱ俺が原因じゃねぇか。ほぼどころか完璧に俺のせいだ。「どうすれば元に戻る?」「それは魔力循環不全という病気に問題があります。どうやら、あの娘は魔力を使用すると、魔管が太くなる。改変された世界の記憶によると、退魔封滅陣だけでなく回復系の魔法も多く使用したことになっています。魔管が太くなると体内の魔力圧が低下し、臓器に行き渡る量が減るみたいですの」 マジかよ。 魔管ってのは以前に聞いたけれど、使うたびに太くなるのなら絶望的じゃないか。「リィナは戦えないのか……?」 聖女の魔法が身を削っていたなんて知らなかった。 そうとも知らず、俺はリィナに魔法を使わせていた。熟練度が上がると、効果も上昇するのだと言って。「魔法を使わなければ、一年くらいは生きられるでしょう。しかし、今のペースで使用すれば、確実に一年と持たない」「それは今になってから判明した話じゃねぇだろ!? お前たちは知ってたんじゃねぇのか!?」 シエラはともかく、セラ様は知っていたのではないだろうか。最大値が二年であることしか、伝えていないのではないかと思う。「使徒の状態なら何でも知っていますの」 俺は呆然と顔を振っている。 やはり、セラ様は知っていた。リィナを救おうとしている体で、実のところは世界を優先していたらしい。「許せねぇよ、そんなの……」「許す許さな
俺とリィナは入学までの期間をレベル上げに勤しんだ。とてもハードな毎日であったが、夜の営みがあったおかげで乗り切れている。 現在のレベルは俺が55であり、リィナが46。レベル50から上がりにくくなるのはゲームと同じらしい。それでも、騎士学校に入る前としては充分な強さを得ていた。 旅立ちを前に俺たちはクリステラ大聖堂で祈りを捧げている。一応は女神たちの意見を聞いておこうと。 隣り合う二人の脳裏に女神が降臨しているなんて誰にも想像できないことだろう。間違いなくリィナの脳裏にもセラ様が降臨しているはずだ。「久しぶりね、ルカ……」 意外な女神様の登場だった。 現れたのはシエラ。言わずと知れた悲運の女神である。「お前、存在してたのかよ?」「ルカがいつも朝に祈るからでしょう? 失礼しちゃうわ……」 女神が朝に弱いって話からして間違っているけどな。俺のせいにするんじゃない。「ま、誰でも良かったんだがな。とりあえず俺は騎士学校に入る。異論はねぇな?」「当然ですわ。私とて原初の三女神ですもの。世界が滅ぶなんてことは容認できません」 まるで俺が騎士学校へ入るだけで世界が救われるように話している。 俺だって世界救済を考えているけれど、現状は不安要素の方が多いというのに。「なら、お前はあの呪文の使用についてどう考えている?」 ディヴィニタス・アルマを俺に与えた張本人。せっかくなので悲運の女神シエラがどう考えているのかを知りたい。「それはこれまでのこと? それともこれからのこと?」「これからのことだ。お前は俺に協力する気があるのか聞きたい」 俺がディヴィニタス・アルマを使用すれば世界が歪む。現状からの改変は辻褄が合わなくなる可能性が高いと聞いたのだ。「言ったでしょう? 私は世界の崩壊を容認できないと。このままであれば世界は闇に呑まれる。魔神が生み出した魔王という闇は全てを呑み込もうとするわ。闇は光から生み出されるけれど、闇は何も生み出さない。女神が闇に呑み込まれるだなんて我慢ならないわ」「世界が滅びたら、お前たちはどうなる?」「心配してくれるの? 嬉しいわ。じゃあ、特別に教えてあげる……」 さっさと言えよ。別に心配したわけじゃないし。 薄い目をして見ていた俺だが、思わぬ話を聞かされてしまう。「光が失われた時点で女神は消失する」 えっと
俺とリィナは朝からクリステラの街門を出ていた。 言いつけ通りに騎士を付けたのだから、好きにしても構わないだろうと。「殿下、どこまで行くのです?」 既に王都が遠く霞むほど遠出している。当然のこと目的があってのことだ。「北にある森へ向かってるんだ……」 リィナは驚いている。 街道を外れていたのは分かっていただろうが、馬を駆る俺が目指している場所が森だと知って。「森で……ヤるのですか!?」「昨日のことは忘れろ!」 今もまだ昨晩のことを引き摺っているらしい。どうもリィナには衝撃的すぎたようだ。「レベル上げだよ。レベル上げ!」 要はリィナを鍛えるため。魔国との大戦に向けて、彼女のレベルを上げなければならない。「情事のレベル上げ!?」「ちげぇぇよ!!」 しばらくは夜に囚われたままなのかもな。まあ、リィナが昨日の夜を良く思ってくれるのなら有り難いけれど。「フィオナ殿下と破局しただろ? だから、リィナが戦えるくらいにレベルを上げなきゃならない。もうフィオナ殿下や錬金術士の力を借りられないんだ」 恐らく、この世界線で皇国側の戦力は期待できない。何しろ破局した皇女殿下だけでなく、錬金術士ミリアも皇家のメイドなのだから。 フィンについては最初から期待できないし、俺とリィナで世界を救うしかなくなったのだ。「セラ様が仰っていた未来ですか?」「ああ、俺たち二人で世界を救済する。覚悟はできているか?」 リィナは聖女であるけれど、剣術も嗜むアタッカーでもあった。レベルさえ上げておけば、彼女なら戦えると思う。「死後に残るはずの未練は昨晩なくなりました。いつでも私は戦えます」「助かる。矢面に立つこともあるんだ。騎士学校へ入るまでにレベルを50くらいまで上げておきたい」 基本的に最強スキルを覚えるレベル100になれば楽にクリアできる。フィオナがいないことを考えると、少しでも100に近づけておく必要があった。「今はまだ12ですけど……」「とりあえず、俺が瀕死に追い込む。リィナがトドメを刺せ」 馬を走らせた俺たちは王国の北部に拡がる大森林へと到着。早速と剣を抜き、魔物を捜し始めた。「殿下、大丈夫ですかね?」「問題ない。ファイアードラゴンなんかそうそう現れないし」 俺は自身の悲運を過小評価していた。 雑魚であるワーウルフとかワーラビットとか







